天天

1999生まれ. アーティスト. 和太鼓奏者.

心は素直に休めない

年末年始。長かった2学期が終わり、やっと休み。

クリスマス、大晦日、お正月と、普通に楽しんでいたけど、1月2日の夜、真っ赤な血尿が出た。お腹がすごく痛い。

3日、少し熱も出ていて、すごくしんどかったけど、血尿が怖すぎて病院に行こうとした。ちゃんと調べたはずなのに、駅前に行ってもお正月だから空いていなかった。

座れるところでぐったりしながら、死にそうだった。恋人がちょうど近くに来ていたので、助けてもらった。その後薬をもらって、ずっと微熱だったけどなんとか大丈夫だった。仕事始めの7日までには絶対治ってくれ〜〜!と思ってました。

 

しかし6日の夜、

明日は仕事始め…まだ冬休みだけど日直だから行かないといけない…休めない…でも体調が悪い…頑張らないといけない…でもまた地獄の忙しさがやってくると考えると怖い…私自身がもつかどうか不安…

とか色々考えていたら、パニックになった。涙が止まらず、息苦しくて、結局一睡もできなかった。もう限界突破しすぎた。

7日の朝、管理職に連絡し、状況を説明して休ませてもらうことにした。

 

心療内科を受診しようと思ったけど、予約は2ヶ月先ですとか、そんなのばかりだった。心を病んでる人は多いんだな…

幸い予約なしの心療内科が一駅先にあったので、そこへ行くことにした。

「心因反応を起こしています。仕事を頑張ろうと思っても頭回らなくて無理だと思うので、1ヶ月休んでください。」

とお医者さんに言われた。

 

仕事どうしようで頭いっぱいになった。

今月はこれがあってあれもあって…あれは私にしか任されてない仕事だからまずいな…

とかそういうことをずっと考えていた。

でも診断が出ている以上とりあえず休むしかないと思ったので、ものすごい罪悪感を抱えながら、病気休暇を頂くことになった。

診断書を郵送してくれれば良いと言ってくれたので、学校には行かなかった。

 

一月は、毎日意味もなく泣いて、自分を責めて、何も気力もなくてボーッとして、週に3,4日くらいのペースで微熱だったのでずっと寝込んでいた。辛くて辛くて仕方なかった。

職員室の先生方に申し訳なくて、自分は仕事ができなくてなんてだめな社会人なんだ、同期もみんな頑張っているのに、私は本当に無能で生きている価値がない、と思っていた。

死にたいという気持ちが、常に頭にあった。社会に出た大人は、社会人として全うできなければ死ぬしかない、みたいな、すごい極端な思考だった。それは働けない人を批判しているわけでもなく、働けない上に体調不良で動けない自分自身が本当に情けなくて、自分に対しての否定だった。

病気休暇。どこが休暇やねん。と今でも思う。

この期間が、精神的に一番辛かった時間だった。